ホノルルマラソン 完走証受け取りについて 友人の分もまとめて5人分を1人で取りに
《エキスポ会場をお楽しみください》 パケットピックアップ会場を出ると「マラソンエキスポ」が行われています。レースで使える品々やお土産品の販売、マッサージなどの各種サービスを行っています。また、「ホノルルマラソン・アロハフライデーナイトのチケット販売」を行っているブースもあります。
日本人の参加に関しては、第4回大会に1名の参加が記録されています。その後、日本では1979年の第7回大会に向けてTBSラジオの番組で参加ランナーの呼びかけが行われ、大会当日にホノルルからライブで衛星ラジオ番組が放送される等、徐々に大会の模様が日本のメディアでも報道されるようになりました。(ホノルルマラソン日本事務局の前身組織が設立されたのもこの頃です)1989年よりTBSテレビで、“スポーツドキュメンタリー番組”としてホノルルマラソンの特別番組の放送が開始され、日本の市民ランナーの間にもこの世界有数のリゾート地で開催されるホノルルマラソンの素晴らしさが徐々に理解・認知されるようになり日本からの参加者も急速に増えていきました。
勢いでホノルルマラソンに参加することになりましたが、エントリーも済ませましたし、航空券&ホテルも予約済みで、手続き的な準備はほぼ完了しました。
日本からの参加ツアーに関しては、ランニング雑誌「ランナーズ」がホノルルマラソンツアーを催行したのが始まりです。そして、1985年 日本航空が大会協賛すると同時に、各旅行会社にツアー企画を呼びかけ、それをきっかけに日本からの参加ランナーが一挙に増加、1995年には過去最大の21,727名が参加ました。2007年に東京マラソンが開催されるまでは、日本人ランナーの参加数が最も多い大会は、実は日本ではなく、海外のハワイで開催されている大会だったのです。そういう意味でも日本の市民マラソン大会の発展に、ホノルルマラソンは多大な貢献をしてきたといえるでしょう。
ただそこはホノルルマラソン、希望する日程ではエコノミークラスであればすぐに発券できるのですが、残念ながらプラチナメンバーでもビジネスクラスでは空席待ち。
スキャッフ医師は、「LSD(ロング・スロー・ディスタンス)、長距離をゆっくり走る事は、心臓病の予防と治療に非常に効果的である」という医学的な観点から、マラソン大会の開催を提唱。以降、毎年12月の第二日曜日に広大なカピオラニ公園をフィニッシュ地点にした市民マラソン大会、ホノルルマラソンが開催されるようになりました。健康維持、増進のために日常生活の中にランニングを取り入れ、最終的には自分のペースでフルマラソンを完走するという大会の精神は、フィニッシュ時間の制限を設定しない大会として今日まで継続しています。
最初は、プラチナデスクに電話して各フライトの空席待ち人数を確認し、有償航空券の販売状況も確認して、最も可能性のある便で空席待ちを入れていたのですが、今回に限って言えば、「特典航空券が取れたらハワイに行く」のではなく、「ホノルルマラソンのためにハワイに行く」 ので、航空券が取れなければ全く意味がありません。
ホノルルマラソンのために特典航空券を調べていたのですが、プラチナメンバーになる前では希望する日程ではエコノミークラスですら、空席はありませんでした。
※ホノルルマラソン10K ラン&ウォークの参加者も同時にスタートします。
彼らの周りには大会をサポートすることを楽しみにしているボランテイアが大勢います。年間のべ1万人近くのボランテイアが、彼ら役員を中心に集まり、大会の準備・運営を支援しています。外から訪れる人を歓待する「アロハスピリッツ」という独特な精神がハワイには根付いていますが、ホノルルマラソンはまさにこのアロハスピリッツの精神に基づいて運営されている大会です。